2014/6/20
従業員の権利に関する新法により、カリフォルニア州の雇用者は就業規則の更新と法令遵守の徹底がさらなる急務となった。現在カリフォルニア州裁判所では雇用仲裁同意書の有効性を問題とした多くの紛争が続いている。そんな中、去る6月20日にトーランスのミヤコハイブリッドホテルで開催した第170回JBAビジネスセミナーでは、パーカー・ミリケン総合法律事務所の弁護士2人が一連の法改正の影響と課題を列挙。企業がそのコンプライアンス対策をいかにすべきかを解説した。
[講師] カール・シュミット弁護士 : 職場差別、賃金紛争、役員報酬、不正競争、ERISA法を含む雇用全般、団体交渉・労働組合の関連法に精通。地元企業から国際企業まで、顧客ニーズに合わせたアドバイス、紛争解決業務、訴訟の弁護活動を行う。トーランス商工会議所顧問弁護士。
労働法の追加・変更が頻繁に行われるカリフォルニア。「雇用機会均等法」下に保護対象グループが新たに追加された。これに関してシュミット弁護士は、「もとより人種、性別、宗教等による差別は公民権法で禁止されていましたが、新法下では①現役・退役軍人かどうか、②ジェンダー・アイデンティティー(自身が認識する性別)、③健康状態、④遺伝子情報などによる差別も禁止です」と概要を説明。個別事例では最近話題の「食事・休憩時間」に話題を広げ、「特筆すべきは『クールダウン休憩』です。これは熱中症予防のための法律で、屋外で 85℉(約29.5℃)以上の環境で仕事をする際に、従業員が暑さによるストレスや症状を感じる場合、風通しの良い涼しい日陰で最低5分間の休憩を与えなければなりません」と説明した。
カリフォルニア州家族医療休暇法では、これまで配偶者、子ども、親、正式なドメスティック・パートナーが病気になった場合に介護休暇が与えられ、必要に応じて州の家族介護プログラムから給料の一部を補填する給付金が与えられていたが、新法では「家族」の定義を、兄弟姉妹、祖父母、孫、義理の両親に拡大。「妊娠障害休暇」は休職期間を最長4カ月としていたが、新法下では最長17+1/3週間までと変更されたので、休職日数の算出には注意が必要である。
「家庭内暴力、性的暴力、またはストーカー被害者に対する休暇」については、「この休暇により、被害者は医療手当や特別シェルターへの避難、心理カウンセリングの受診などの必要なケアを受けることができる他、警察や裁判所を通じて法的救済へ向けての手続きを行うことも可能にします。休暇の取得には、両者とも雇用者への事前報告、またはポリスレポートや裁判所の命令書など休職の必要性を法的に証明する書類の提出が必要です。また、状況によっては、勤務中においても被害者従業員の身に危険が及ばぬよう雇用主が適切な労働環境を提供する義務があります」と解説。
企業の従業員数によって課せられる特別休暇として、保護者を対象とした「学校行事への参加の際の休暇」や「生徒指導面談の休暇」、「臓器ドナーに関する休暇」、また「民間空中哨戒部隊参加の休暇」「ボランティア消防隊やレスキュー隊参加のトレーニングに伴う休暇」を説明した後、「授乳中の従業員への適切な配慮」というテーマも紹介した。
カリフォルニア州では携帯デバイスによる運転中のテキスト使用は禁止されているが、シュミット弁護士は就業規定にもその旨を明記する必要性を説いた。「そうしないと、テキスト使用で事故が起こったのが仕事中の運転だった場合、事故被害者から『会社が従業員に運転中のテキストを禁止しなかったために起こった事故』として訴えられる可能性があります」。また、Facebookなどのソーシャルネットワーキングサービス(SNS)の利用による規定も紹介し、ソーシャルメディア・ポリシーの制定を力説。それによると、①投稿内容は会社の意見ではなく、自分の意見であることを明確にする、②利害関係を明らかにし、全規則に従う、③会社のロゴ、商標、業務関連事項、他従業員のコメントなどの投稿を禁止する、④誹謗・中傷、軽蔑的な投稿を禁止する、⑤投稿は自分の専門範囲でのみ行い、法律関連事項に触れない、⑥名誉棄損、猥褻、脅迫を禁止し、不適切なSNS使用を発見した際は報告する、などをポリシーに含める必要性を強調した。
[講師]サビーナ・ヘルトン弁護士: 日本生まれ。日米の言語と文化に精通し、日系企業に法務全般のアドバイスを行う。売買契約、製造委託、秘密保持、インディペンデント・コントラクターをはじめとするビジネス取引、商事訴訟などで経験豊富。日系アメリカ人法曹協会理事。
仲裁条項とは、雇用主と従業員の間で、契約違反や性別・年齢・人種差別による不当解雇などの紛争が起こった際、訴訟権利を放棄し、紛争の解決を裁判ではなく仲裁機関に求めるという雇用契約書内の条項のこと。つまり陪審員と判事による判決を求めず、仲裁人の判断を求めるものである。多くの場合、この条項には団体訴訟(クラスアクション)の放棄も含まれている。「確かに、雇用契約書に仲裁条項が入っていた場合でも、最初に従業員によって民事訴訟が起こされるのが常ですが、仲裁条項を入れておくことで会社側は弁護士を立てて『本件は民事裁判ではなく、仲裁機関を通じて解決すべき』と申し立てできるのです」とヘルトン弁護士。裁判官が「法律的判断」を、陪審員が「事実上の判断」を下す民事裁判に対して、仲裁ではその両方を仲裁人が行う。仲裁人は退官判事が多く、また陪審員がいないことで法の専門家が全てを判断する点が裁判との大きな違いだ。
ヘルトン弁護士によると、仲裁の利点は以下の通り。①非公開性なので、裁判に比べて秘密が保持しやすい(情報公開リスクは皆無ではない)、②陪審員がいないため感情に流されることが少ない、③仲裁人が現役時代に雇用・労働問題を専門にしていた可能性がある、④両者の同意がない限り上訴は不可で、仲裁人の判断が最終解決となる、⑤裁判に比べ賠償金が低い傾向がある、⑥懲罰的賠償金を課せられない。
反対に欠点は、①1日の仲裁金額が6000~10000ドルになることもあるなど高額、②仲裁費用は雇用者負担、③仲裁人1人の意見で判断する、④上訴できない、⑤不適切な文言の仲裁条項は無効になる可能性がある、⑥和解の確率が低い。特に⑥に関しては「民事訴訟の98%は判事の奨励で裁判前に和解が成立します。ですから和解希望なら民事訴訟の方が有利です」と補足した。
次に、仲裁条項が無効になる実例として2013年のスーパー Ralphs従業員による「食事と休憩時間」に関する団体訴訟を紹介。「Ralphsの仲裁条項では『サインしないと雇わない』という条件付き雇用だったことが判明し、さらに従業員による仲裁条項同意後3週間経つまでその詳細内容が明かされなかったこと、雇用者が仲裁人を選任したこと、仲裁料金を折半すること、条項に『雇用者側の意図で仲裁条項を自由に変更できる』という文言があったこと等が、仲裁条項が会社に一方的で非良心的と判断されました」。
「有効な仲裁条項」については、①仲裁人の専任をフェアにする、②両者に公平な契約にする、③従業員に分かりやすい明瞭な文言を使う、④従業員に質問の機会を与える、⑤仲裁協会のルールを添付、またはリンクを付けるなどして案内する、⑥署名後30日間のオプトアウト期間を設け、気が変わったら取り消せるようにする、⑦従業員の訴権行使に不適切なタイムリミットを設けず、法で定められた時効に従う、⑧従業員に便利な仲裁地を選ぶなどとすると非良心的とされにくいが、条件はこれ限りではないとした。
「しかし、たとえ雇用者と従業員間に有効な仲裁契約があった場合でも、訴訟を防げないケースもあります」とヘルトン弁護士。「通常、従業員は訴訟前に連邦のEEOC(雇用機会均等委員会)や州のFEHA(公正雇用住宅局)に苦情申し立てをして民事訴訟開始の許可を得る必要がありますが、大体はEEOCもFEHAも訴訟の開始を許可します。しかし、その会社に女性マネージャーが一人もいない、人種によって給料が違うなどといった総合的な労働環境問題があると判断した場合、従業員に代わってEEOCやFEHAが原告となり会社に対して訴訟を起こすことがあります。前述の仲裁条項は従業員に対して有効であっても、政府機関に拘束力はありません。こうなってしまえば、雇用者は政府からの訴訟を制止できないのです」と締めくくった。