企画広報部会・在ロサンゼルス日本国総領事館共催
日系人収容の歴史を学ぶ
「マンザナー日系人収容所跡とパイロット
訓練センター1泊2日の旅」を開催
去る10 月7日から8日の2日間、
JBA では在ロサンゼルス日本国総領事
館と共催で、「マンザナー日系人収容所
跡とパイロット訓練センター1泊2日
の旅」を催行した。JBA 会員の他に、
マンザナー収容経験者のマス・オクイ
さんを始めとする日系人グループ、総
領事館からは兒玉総領事も参加。総勢
43 名は、マンザナー収容所跡で日系人
の強制収容の歴史を体感した。翌日は、
通常一般では見学できない、ベイカー
ズフィールドにあるANA のパイロット
訓練センターを訪れた。
10 月7日日曜日、午前7時30 分
にサウスベイグループがホリデー
イン・トーランスに集合、8時に
ダウンタウングループを都ホテル
前でピックアップ。兒玉総領事や
古沢領事ら総領事館からの参加者
に、ロサンゼルス市警のテリー・
ハラ警視ら日系人グループも加わ
る多彩な顔ぶれで旅はスタート。
ロサンゼルスの北方、シエラネ
バダ山脈の東側にあるマンザナー
収容所跡までは、バスで5時間弱
の旅。途中、グレンデールで今回
の旅のナビゲーターとなるマス・
オクイさんをピックアップして、
フリーウェイ5号線から14 号線を
北上する。
オクイさんは、1942 年4 月に
マンザナーに収容された経験を持
つ。当時の収容所内の暮らしなど
を説明するボランティア・ドーセ
ントとして、マンザナー収容所跡
地で今も歴史を語り継いでいる。
道中、オクイさんからマンザナー
についての簡単な説明、そしてビ
デオの上映があり、参加者は皆熱
心に見入り、耳を傾けた。
日本軍によるパールハーバー奇
襲後、1942 年2月にルーズベルト
大統領は大統領命令9066 号に署名
し、特定地域から日系人を排除す
る権限を陸軍に与えた。これによ
り、「日本人の祖先を持つ外国人お
よび非外国人」を対象とした強制
立ち退きが行われた。同年夏まで
に、マンザナーを含めた全米10 カ
所に設けられた強制収容所に、12
万人以上もの日系人たちが収容さ
れた。
鉄条網に囲まれ、監視塔が建つ、
1平方マイルの土地に日系人1万
人が収容されたマンザナーは、デ
スバレーの西、砂漠のど真ん中に
ある。砂嵐が吹き荒れ、夏は猛暑、
冬はシエラネバダ山脈からの寒風
にさらされる、過酷な環境にあっ
た。
住居用のバラック、共同の食堂・
ランドリー・トイレ、病院などが
あり、公園、野球のダイヤモンド、
柔剣道場や日本庭園などもあった
とか。収容所内で仕事に就けば給
料が支給され、ある程度の自由は
保障されていたが、バラックでの
生活はプライベートがないも同然
で、厳しい生活であったと、オク
イさんは話す。
正午を過ぎ、雄大なシエラネバ
ダ山脈を背景とする広大な砂漠
が広がる、マンザナー収容所跡に
到着。早速一行は、Interpretive
Center にて、オクイさんとパーク
レンジャーから、収容所について
説明を受けた。センター内には、
バラックや監視塔のレプリカなど
が展示され、当時の収容所生活を
再現する感慨深いものだった。
マンザナーが他の収容所と異な
る点は、収容所内を記録した多く
の写真が残されていること。これ
は、収容された写真家のトーヨー・
ミヤタケさんが、苦労と工夫を重
ね、撮影を行ったおかげだ。
Interpretive Center を出ると、
バスで所内を見学。建造物は見る
影もないが、土台のコンクリート
はしっかりと残り、また周囲を囲
む鉄条網や監視塔も再現され、当
時の面影を残していた。
そして、マンザナー訪問の目玉
となる慰霊塔に到着。青空と雄
大なシエラネバダ山脈を背景に、
純白の慰霊塔は神々しく建ってい
た。アメリカに暮らす我々の先人
たちの苦難に敬意を払うため、慰
霊塔の前で両手を合わせた。マン
ザナーでは、収容期間中に100 人
が亡くなり、6人が当地に埋葬さ
れたという。
足早に駆け抜けた収容所跡地見
学であったが、参加者全員が密度
の濃い、一生の記憶に残る体験が
できた。翌日に訪問するパイロッ
ト訓練センターのある、ベーカー
ズフィールドに向けて、マンザナ
ーを立った。
さらに、この日の夜は宿泊先の
ダブルツリーホテルでの、総領事
館主催によるレセプション&ディ
ナーが予定されていた。
兒玉総領事は、「過去にどのよう
なことが起きたかを、実地で学ぶ
ことができました。これを次の世
代に伝えることが重要だと感じま
した。日米が戦うことにより1番
大変だったのは、日系アメリカ人
だということを心に刻まないとい
けません。そして、日米間の難題
を乗り越えるためのキーを、日系
人の皆さんが与えてくれると信じ
ています」と、収容所跡地訪問を
総括した。
両親が収容体験を持つコーリー・
シオザキさんは、「1、2世は強制
収容に対して『仕方がない』と割
り切りました。日本人は辛抱強く、
立ち直りも早く、祖先を誇りに思
います」と話した。
オクイさんは、「30 年収容所跡地
のツアーを行っていますが、日本
人の方のツアーは初めて。マンザ
ナーで起きたことは、親が子に伝
えるか、我々のような体験者が語
り継ぐしかありません」と、歴史
の継承を唱えた。
翌日は、ANA のご協力によ
り、一般では見学できない、パ
イロット訓練センター、IFTA
(International Flight Training
Academy)を訪れた。
同センターは、単発、双発合わ
せて30 機を保有し、80 名がパイ
ロットとなるべく日夜訓練を繰り
返す。まずは、B777 の機長で、同
センターの教官を務める小関さん
からパイロットになるまでの課程
を説明してもらった。
その後、2グループに分かれ、
教官の説明を受けながら、ディス
パッチルーム、ハンガーを見学。
ハンガーでは、訓練機のバロンと
ボナンザのコクピットに座る機会
を得た。参加者は皆、童心に返り、
喜々として記念撮影にいそしん
だ。
そして、お待ちかねのフライト
シミュレーター体験。3機あるシ
ミュレーターに列を作る参加者た
ち。1機2億円という高価な機械
で、離陸や着陸体験はもちろん、
夕焼け時や夜間飛
行も経験でき、誰
もが空の旅を経
験できた。着陸に
失敗し「あ〜!」
と叫んだり、他人
の飛行をチェック
したりと、全員が
大いに盛り上がっ
た。
昼食は、ベーカ
ーズフィールドで1番美味しい日
本食が食べられると評判の同セン
ターカフェテリアで。つなぎを着
た整備員らに交じって、豊富な種
類の日本食のおかずを好きなだけ
いただいた。
最後に関係者一同と記念撮影。
すべての行程を無事終え、たくさ
んの想い出を胸に抱き、帰路に就
いた。
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