JBA 南カリフォルニア日系企業協会 - Japan Business Association of Southern California

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2016/2/19

第191回 JBA特別経済セミナー「2016年の米国ならびに世界経済を読み解く」

去る2月19日、トーランスのMiyako Hybrid Hotelにて第191回JBA特別経済セミナー「2016年の米国ならびにグローバル経済の展望」が開催された。原油価格の下降、FRBによる金利引き上げ、日銀のマイナス金利導入など気がかりな要素の多い経済状況を踏まえ、三井住友銀行チーフ・エコノミストの山下えつ子さんが、2016年の経済を解説した。

山下えつ子さん[講師]

山下えつ子さん
三井住友銀行チーフ・エコノミスト


「今日お話しする『今年はどんな年になるのか』を考える時には、今どんなことが起きているのか、また起きてしまったことが今どんなふうに影響を及ぼしているのかをできるだけ正しく分析し、それをベースに将来どんなことが起きるのか予想を立てることになります」と、話し始めたエコノミストの山下さん。その山下さんが見る今年の米国ならびに世界経済のキーワードは「不確実性」であるという。「私はエコノミストの仕事を長くやっていますが、5年くらい前までであれば、おおよそ1年先までは世の中の展開について予想が立てやすく、その予想は当たりやすかった。しかしここ数年、非常に先のことが分かりにくくなってきました。そして今年などはまさに『不確実性』が一年を通じてキーワードになる年だろうと思うのです」。

不確実性は米国についてだけでなく、世界経済についても言える。良いともリセッション(景気後退)であるとも言われる米国の景気、中国がハードランディングするのではないかという懸念、行方の読めない大統領選、テロを含む政治的なリスク、原油相場…こうしたさまざまな不確実な要素が、相互に不確実性を高め合っている状況である。「とはいえ、『今後のことは分かりません』では今日のセミナーの意味がありませんので、私なりの見方をお伝えします」。

米国リセッション説

国によって下げ幅は異なるが、年明けから世界各国において株価が下落しており、米国の株価も下がっている。この状態を見て、米国はリセッションになりつつあると言われることもあるが、山下さん自身は、現在の米国の経済はリセッションになる状態を示してはいないと考えている。「リセッションとは2四半期連続のマイナス成長を言いますが、米国の経済だけを考えた場合に、その可能性はとても低い」。だからと言って良くなると考えているわけではなく、2016年の米国の景気は「スローダウン」であると予測する。

しかしながら、一般には株式市場は世の中を先取りして動いていると言われるため、この大きく株が下がっている状況を見て、アメリカはリセッションにあると考える人もいるのである。だが、山下さんは現在の株式市場は、ファンダメンタルズ(経済成長率や物価上昇率などの国や企業などの経済状態等を表す指標)からかけ離れた動きをすることが多くなっている。加えて、アメリカの株は足元だけを見れば確かに下がっているが、過去1年ほどを見れば下がった株価は必ず上がっており、ある一定の幅の中に収まっている。「要するに株価だけ見れば、米国の経済はリセッションではなく、横ばいでしかないということです」

去年の夏頃までは、米国の株であれエマージング諸国(高い経済成長が見込まれる新興国)の株であれ、下がってもまた買い戻される動きがあったが、 去年の夏以降、エマージング諸国の株は、ある一定の幅に収まる状態ではなく、下向きのトレンドになっている。「これが何を意味するかと 言うと、エマージング諸国に関しては明らかな経済のスローダウンが起きています。この株の動きはただの相場の動きではなく、経済の実態であろうと思います」。また、米国の製造業の景況指数も14年秋以降、急速に下がって来ていることから、これを見てリセッションではないかという人もいるが、山下さんは製造業は米国経済のほんの10数%程度を占めるのみで、製造業以外を見れば景況指数は好調であると指摘した。

米国の景気

「米国の景気は良いのか、悪いのか」というのはエコノミストがよく受ける質問である。そう聞かれると「スローダウンしている」と山下さんは返答すると言うが、やむなく2択で答えるのであれば「どちらかと言えば景気は良いほう」だと発言。それは、この国の経済の7割を占める個人消費が「まだ大丈夫だから」であるという。しかし、それでもなお「スローダウン」だと言うのには若干複雑な理由がある。「今、ガソリン価格は値下がりしています。しかしアメリカでガソリン価格の上下に敏感な人は、あまり裕福な人ではありません。ガソリン価格が下がって手元にお金が余るようになった場合、大半はその一部を使って残りは貯蓄に回しているのです」。

その理由を、「金融危機の後、米国人の消費パターンは大きく変わってきたのです」と山下さん。かつてはクレジットカードを使って浪費していたアメリカ人だが、金融危機後、非常に節約志向が強くなっているという。また、雇用と賃金の動向を見ると、失業率は4%台まで下がってきたものの、賃金はなかなか上がらない状況である。そして、賃金が上がらないことから、消費を控えるという行動が生まれてくる。「ガソリン価格が下がったからと言って、賃金が上がるかどうか分からないので、できるだけ貯めていこう。そんな慎ましい消費パターンになっています。しかし注意が必要なのは、生活用品などについては節約志向になっていますが、車や住宅など大きいものの購入や、外食や旅行など特定のものにはお金を使っていて、まんべんなくいろいろなものにお金を使っているわけではないということなのです」。このような状況では、今後消費が伸びていくような予想は描けない。

15年12月のFRB(連邦準備制度理事会)による金利引き上げの影響は、住宅市場にまだネガティブには表れてはいないが、米国経済の牽引役になるほどには好調ではない。また、企業業績は悪くないものの、設備投資の伸びは今ひとつ。冒頭で今年のキーワードとして「不確実性」があげられたが、経済が不確実な状況ではなかなか大きな投資や賃上げは難しくなる。「先行きが非常に良いと思える時は、投資もたくさん行われますし、雇用も増え、賃金もそれなりに伸びます。そして巡り巡って消費も伸び、経済は良い循環に入ります。しかし、先行きが不透明であると企業は投資を控え、雇用も賃金もあまり増やさず、消費者も節約型になります。こうした状態は経済をあまり良くないものにさせてしまいます。しかし、この不確実性が生み出す負のスパイラルから抜け出すことは、この国だけではなく、世界中でとても難しい時代になっているのではないかと思います」。

この先の利上げについては、巷では今年中に4回利上げが行われるのではないかとも言われているが、山下さんは、今年は利上げは一度もない可能性も十分にあり得るのではないかと予想する。景気が良くなれば利上げが行われる可能性があるが、景気の先行きは不透明であり、株も上がり下がりが大きく、非常にボラティリティーの高い状態では、利上げを行うのは非常に困難である。「リセッションではないとはいえ、これだけ金融市場が混乱し経済がスローダウンして、エマージング諸国が明らかにスローダウンしている中で、アメリカが無神経に利上げを続けることができるかというと、できないでしょう。何が起きるか分からないのに、利上げをして混乱を生んだり、景気を冷やしてしまったりすることはないはずです。景気の読みを間違えるのであれば、 思いがけず良くなってしまう分にはいいですが、利上げをしたせいで景気が悪くなってしまうのは避けたいわけです」。

中国の米国経済への影響

「アメリカも含めて、グローバルに見た時に、いったい何が起きたら世界経済はダウンサイドに傾いてしまうのでしょうか」。ここで山下さんは、FRBが考える米国経済にとってのリスクを図に起こしたフローチャートを会場に紹介した。金融市場の動向や、原油、コモディティー価格の下落などさまざまな要因があるが、全てのことの起点は「中国の人民元の下落」に置かれている。中国について考える時に、GDPの数字などはあまり関係なく、重要なポイントは中国政府がマーケットをコントロールできるか否かである。中国はハードランディングするかもしれないと不安がささやかれているが、その最後の歯止めが効いているのは、中国が共産党の一党支配によって経済、金融がきちんとコントロールされているといまだに信じられているからである。

また、今大きな心配事となっているのは、中国のハードランディングが起きるのではないかということよりも、その状態の長期化による、ダウンサイドへの傾斜の可能性である。心配だ心配だと言っているうちに、原油やコモディティー価格がどんどん下がり、そうこうするうちにカナダや中南米、ロシアなど資源国がマイナス成長になる。そうすると、最後にどこかで金融危機が発生するかもしれない。そうした不確実な状況が1カ月くらいで終わってくれれば良かったが、それが長引いてしまうと、本当は持ちこたえられたような国であっても、デフォルトする国がでてしまうかもしれない。「不確実であることがとても危険なのは、最初はただの不安心理でしかなかった話でも、長く続くとそれが引き金になって悪い事態が結局起きてしまう可能性があるということなのです」。

中国の成長を見ると、不動産建設投資成長率は2013年から下降しており、15年にはほとんど前年比0%。輸出もマイナス成長であり、それに伴って生産も伸びていない。これは中国だけの問題ではなく、日本やアメリカなど輸出先の経済が収縮していることも要因である。「最近、急に中国のハードランディングという話が出ていますが、実は中国の景気は2011年がピークで、この4、5年にわたってずっとスローダウンをし続けているのです」。

問題になっている中国の人民元は、本来は切り下げではなく、中国の成長率が高くなれば切り上げていくはずであった。日本円も高度成長を遂げていった時に、その競争力から言えばもっと円高であるべきだと1989年にプラザ合意を行い、大幅に円高にした。しかし、その後何が起きたかと言えば、日本ではバブル経済が起き、そしてバブル経済が崩壊した。中国はその日本の歴史をよく学んでおり、急激に元を切り上げないようにしていたのだが、経済が減速している今、通貨だけが高くなっていくのは非常に危ない状況であり、今は緩やかな切り下げ傾向に向かっている。

1995年から2014年に至る中国のGDPを、1960年から1979年の日本のGDPと重ねると、非常に類似した流れであり、一人当たりのGDPでは今の中国は1970年代終わり頃の日本とほぼ同じである。「気になるのは、日本の高度経済成長と同じような流れを辿るのであれば、中国のGDPはもっと高くなっていてもいいはずなのです。まだまだ発展していく余地はあるはずなのに、あまり速いスピードではない。おそらく一人っ子政策の影響などが出てきているのだと思いますが、そうするとこれからもっと経済が発展して豊かになると思われていた認識が実は違っていて、もっと緩やかにしか市場改革を進めることはできないのではないか。あまり政策の自由化を急いでは本当の意味での中国の経済は付いてこない段階に入っているのではないかと思います。アメリカとの関係で言えば、いきなりハードランディングするのでなければ、中国の経済がスローダウンしていくことで米国経済がリセッションになる確率は低いでしょう」。

日本経済

1月29日には日銀がマイナス金利を導入したが、これは非常にサプライズだったと山下さん。というのも、日銀の黒田総裁はその数週間前までマイナス金利はしないと言っていたからである。一方、米国では利上げをしたばかりであり、よほどのことがない限りマイナス金利にはならないだろうと山下さん。また、米国ではこのマイナス金利が法律的に可能かどうかが議論されているところであり、実際に導入することになったとしても、米国の政策導入法から言うといきなりマイナス金利を導入するのでなく、繰り返しテストを行うだろうと予測される。

ECB(欧州中央銀行)もマイナス金利を導入しているが、こうしたマイナス金利や量的緩和など、通常なら非常時の政策であったはずのものが、リーマンショック後7、8年にわたって異常事態が続き、ノーマルなものになってきてしまっている。米国はその異例な状態から少しでも抜け出し正常化を測ろうと、利上げを行ったが、今後も利上げを続けていくのは難しく、もしかすると利下げに踏み切ることもありえるかもしれない。「こうしたノーマルでないことを10年も続けていき、物価が下がったり、賃金がカットされたりすることが普通になってしまうと、物価が上がったり、賃金が上がるとびっくりしてしまう。それは本当はおかしいんですよね」。

今、マイナス金利で投資をしても損になってしまうのにもかかわらず国債が買われているのは、株など他と比べた時に下げ幅が少ないだろうと見込まれているからだが、別の投資先が見つかった場合には、国債から急にお金が抜かれることもありうる。その結果、金利が急騰し、国債に対する利回りを高く付けなければならなくなれば、財政破綻する可能性もゼロではない。「ノーマルでないことを長く続けていく先には破綻もあります。今、とても危険なことが行われていることは認識すべきでしょう」。

しかしながら、日銀がマイナス金利を導入しても、円安効果は限られたもので、むしろその後、円高に向かっている。「円というのはリスクが高まった時に買われる通貨なのです。それはメディアがよく書く『逃避通貨』ではなく、調達コストが安いために、調達通貨化してしまっているのです。ですから別に日本の景気の良し悪しは関係なく、通常の時は皆が円で調達したものを外貨に替えるので円安になりやすいのですが、株が下がってきたりしてリスクがある時には円を買い戻すので、円高になりやすいのです」。不確実性が低くなれば、日銀のマイナス金利政策も円安方向に働くだろうが、こうした不確実な状況ではなかなかそれは望めないだろう。

今後のアメリカ経済

現在、米国経済に関しては、大きく2つの考え方がある。一つは、米国は構造的に大きな経済成長を遂げられない国になったと考えるもので、もう一つは待っていれば再び3%や4%の成長率になる復元説のようなものである。山下さんはこの復元説には違和感があると発言。「この国が絶対に復活できないかというのはまた別問題です。ですが、もはやこの国の人は『お金を使ったって来年賃上げがあるから大丈夫』なんて人はいなくなっていて、消費はあまり伸びなくなっている。企業もまた不確実な状況の中で投資を行わない。これは構造的に起きていることで、景気の循環を待っていればまた元に戻るということではない。この国で、ノーマルでなかったはずのことがノーマルになる時間が長くなり過ぎていて、人々のものの考え方、企業の投資の判断の仕方が変わってしまっているのです」。

米国は危機があるたびに潜在成長率が落ちており、現在は2%もないと言われているという。昨年まではそれでも3%の成長率と楽観的な予測をするエコノミストもいたが、ここ数カ月で考え方を変えたエコノミストも多いという。「これまでのノーマルとは異なる『ニューノーマル』が出て来て、米国はもはや高い成長率を持てる国ではなくなったと皆が考え始めているのだと思います」。貧しい移民でも頑張れば成功でき、億万長者になれた米国は今、低成長の国になり、低所得者は低所得のまま。人口の1%がこの国の8割の富を占め、所得の格差は固定されていきつつある。そして、そうした層が、今、大統領選の行方をも混沌としたものにしている。

山下さんは、「残念ながら、米国経済もグローバル経済も、不確実なことが非常に多く、ダウンサイドにいきがちな要素が多いのが今年の大きな特徴です。さまざまな地雷なようなものがありますので、気を付けながらやっていくしかないというのが、今年の見通しです」と締めくくった。

近年いよいよ先行き不透明な経済について、日本語で解説されるとあって、多くの方が来場し、会場はほぼ満席となった。

近年いよいよ先行き不透明な経済について、日本語で解説されるとあって、
多くの方が来場し、会場はほぼ満席となった。

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