JBA 南カリフォルニア日系企業協会 - Japan Business Association of Southern California

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4/27(Sat)|DT部会主催「マンザナー収容所跡巡礼バスツアー」

このイベントは定員に達したため、受付を終了いたしました。

ダウンタウン地域部会では、今年も4月27日(土)に「マンザナー収容所跡巡礼」への参加バスツアーを開催いたします。今年は50回目の「マンザナー巡礼」にあたる記念すべき年で、現地には数多くの元収容者や関係者、日系アメリカ人社会の著名人らが集まる予定です。

このマンザナー収容所は、第二次世界大戦中に日本人・日系人が送られた10カ所の「強制収容所」の一つです。収容の対象となったのは、私たちが暮らすカリフォルニアをはじめとする西海岸に住んでいた日本人・日系人約12万人全員でした。ただ日本人であるから、日本の血を引いているからという理由だけで、無実のままに収容所に送られたのです。

背後に険しい山脈のそびえる荒野の中の収容所跡には、当時の暮らしを伝える展示施設や、人々が暮らしたバラックや共用シャワー、食堂などが再現されています。「マンザナー巡礼」はこの収容所跡に、元収容者やその家族らが人種や世代を超えて集まる年に一度の催しです。

このJBAによるバスツアーでは、往路は車中で日系アメリカ人の歴史を日本語で簡単に解説し、関連したドキュメンタリーなどをご覧いただきながら、マンザナーへ向かいます。現地では巡礼プログラムの一部を見学した後、各自で収容所跡および資料館を散策していただく予定です。日帰りの強行軍ではありますが、アメリカに暮らす上でぜひ知っておきたい日系アメリカ人を体感する貴重な機会です。ぜひご参加ください。

日時 2019年4月27日(土) 朝7時集合、夜7時30分頃解散予定
集合 トーランス、ミヤコハイブリッドホテル横(21381 S. Western Ave, Torrance 90501)
※ ダウンタウンLAからの出発をご希望の方は、お申し込みの際にお申し出ください。トーランス出発後にダウンタウンLA(ミヤコホテルロサンゼルス:328 E 1st Street, Los Angeles 90012)にてピックアップいたします。
対象 JBA会員と家族
参加費 大人 30ドル、子ども(12歳未満)20ドル(お弁当とお茶付)
※乳幼児を含め、同行されるお子さんの座席分も必ずお申し込みください。なお8歳未満のお子さんはチャイルドシートの利用が義務付けられています。チャイルドシートがない場合は、乗車をお断りいたしますので何卒ご了承ください。
定員 先着56名
お申込 Eメールにて事務局の北島(kitajima@jba.org)まで、
(1) 会社名、(2) 参加者全員の氏名(ローマ字で。12歳未満は子ども料金のため年齢も明記ください)、(3) 参加代表者の携帯番号、(4) 希望集合場所(トーランスかダウンタウンLA)を明記の上、お申し込みください。受付次第インボイスを送付させていただきますのでクレジットカードまたはチェックにて参加費をお支払いください。

締切 4月8日(月)
※ 定員に達し次第締め切らせていただきますので、お早めにお申し込みください。
※ 4/8(月)以降のキャンセルによる返金はお受けできませんのでご了承ください。参加者の変更は可能です。

※ 全員揃ってから出発いたしますので、ご欠席の場合は事務局(当日急遽ご欠席となった場合は後ほどお伝えする当日担当者の電話)にその旨をご連絡ください。

問合せ:JBA事務局 北島(TEL:310-515-9522、Email: kitajima@jba.org)

詳細はこちら


〈マンザナー収容所とは〉
マンザナー強制収容所は、第二次世界大戦中に日系アメリカ人・日本人が収容された全米10カ所の強制収容所の一つで、現在は国定史跡に指定されています。1941年、太平洋戦争が勃発。翌42年3月より軍事的必要性の名の下に西海岸に住んでいた日系アメリカ人と日本人約12万人は住んでいた場所から追い出され、強制収容所に収容されました。しかし当時、日系人・日本人がスパイ容疑などで有罪判決を受けたことはなく、反日感情や差別、偏見から行われた政策でした。持っていくことが許されたのは両手に持てるだけの荷物のみ。土地も家もビジネスも手放すか、ただ同然で売り払うことを余儀なくされました。

ロサンゼルスに住んでいた多くの人が収容されたのが、マンザナー強制収容所です。シエラネバダ山脈のふもとにあるオーエンズバレーに位置しており、背後には北米大陸で2番目に高いホイットニー山がそびえています。同収容所には1945年11月に閉鎖されるまで、合計で1万1070人が収容されました。収容所内では、人々は水道もトイレもなく、ただ簡易ベッドがあるだけのバラック小屋に暮らしました。そして終戦後、収容所が閉鎖されると、たった25ドルと米国内への片道切符だけを渡され、再び一から生活を築き上げたのです。

1988年、当時のロナルド・レーガン大統領が「市民の自由法(日系アメリカ人補償法)」に署名。アメリカ政府は日系人・日本人の強制収容は誤りであったと認めて、公式な謝罪を行い、生存していた元収容者に対し1人あたり2万ドルの賠償金を支払いました。

〈関連リンク〉
マンザナー委員会(巡礼イベントの主催者) http://www.manzanarcommittee.org
全米日系人博物館 http://www.janm.org/

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