JBA 南カリフォルニア日系企業協会 - Japan Business Association of Southern California

サイト内検索

阿部 英正 ジェームスさん

Alston & Bird LLP
Senior Associate, Attorney at Law, Patent Attorney
阿部 英正 ジェームスさん

1978年LA生まれ。University of California, Irvine卒業後、Terumo Cardiovascular Systems, Inc.に7年勤務。2007年、米国Patent Agent資格取得。09年、University of San Diegoにて法務博士号取得。同年、カリフォルニア州弁護士資格取得。12年、Alston & Bird LLP入所。

人を助ける仕事がしたい
技術者から弁護士に

パテント専門の弁護士になった理由とそのやりがい

阿部 英正 ジェームスさん
僕は生まれも育ちもロサンゼルス。家庭内の言語は日本語で、中学3年生までは現地校に加えて、日本語学校にも通っていました。大学では化学を学んだ後、Terumo Cardiovascular Systems, Inc.に技術者として勤め、血液のモニターをする医療機器の製造や開発などの仕事に従事しました。

将来的には大学院に戻り、歯医者か薬剤師になるつもりでいたところ、同僚が「パテントアトーニーもいいんじゃない?」と。考えてもみなかった職業でしたが、調べたら特許専門の技術者弁護士もいて、自分がそれまでやってきた技術の仕事を弁護士の仕事に活かせると知ったのです。

もともと人を助ける仕事がしたいと思って医療関係を目指していたので、医療とは違う形だけど弁護士も人を助けられるかなと。それにロースクールの方が修了までの期間が短く、通いながら多少仕事ができることもあって。すでに子どもが2人いたので、あまり長い間収入がないのもまずいですからね(笑)。幼い子ども2人がいる状況で、大学院進学をサポートしてくれた妻には感謝しています。

大学院を修了した2009年に弁護士資格を取り、弁護士事務所で勤務を開始しました。弁護士になって良かったと思ったことの一つは、訴訟や特許出願など、常に新しい案件が担当できること。それに判決などの形で結論があって、達成感を感じられるのはすごく新鮮でした。

 

日本とアメリカが自分の中で混じり合っている

現在の事務所には12年に入所。以前の仕事では日本語力の有無は採用に全く関係なかったのですが、今回は日本語を話せる特許訴訟弁護士ということで採用されました。僕が担当している案件の半分は欧米企業の代理で、あとの半分が日本企業です。日本企業は一般的にアメリカの企業よりも逐一報告が必要だったり、訴訟社会のアメリカでは前提となっている事柄からも説明が必要だったりすることもあります。訴訟をきちっと闘っていくことだけでなく、日本側の気持ちを理解しつつ説明責任を果たすことも大切なので、通常の弁護士業務よりも大変なこともありますが、そのために僕がいるわけですからね。

当事務所で働き始めると同時に、JBAの企画広報部会(現・企画マーケティング部会)にも参加するようになりました。日本人コミュニティーに関わるのは中学校卒業まで通っていた日本語学校以来でした。かつ日本人同士で日本語で何かを一緒にするなんてほぼ初めての体験ですごく楽しかったです。おかげで18歳まで住んでいたトーランスの新たな側面を知りました。住んでいた頃は、お酒も飲めなければ自動車運転免許も持っていませんでしたから(笑)。

日本は僕にとって両親が生まれ育った国で、遠い国でもある一方、子どもの頃から日本の食べ物や行事に触れてきたので、日々の生活の中にもあるものです。だから僕はアメリカ人だけど、自分の文化のルーツは日本にもあって、別々だけど自分の中で重なり合って共存している不思議な感じです。

大人になってからこんなに日本に関わるとは思ってもみなかったです。今は仕事面でも日本と関わりがありますし、妻とは日本語で4人の子どもたちも日本語で話していますしね。これも日本語教育を続けてくれた両親のおかげです。僕の人生の目標は漠然としているけれど、家族の健康と幸せと、やっぱり人を助けていくことですね。

Alston & Bird LLP◎100年以上の歴史を持つ総合法律事務所。複数の専門分野グループから構成されたジャパン・ビジネス・チームを擁し、日本企業の米国における投資・事業・訴訟案件に対してリーガル・アドバイスを提供している。

阿部 英正 ジェームスさん
2012年から4年間、企画マーケティング部会員として、賀詞交歓会やミキサーの開催に奔走した。

私のLAライフ一覧へ

PAGETOP