JBA 南カリフォルニア日系企業協会 - Japan Business Association of Southern California

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森本 政司さん

The Port of Los Angeles
Assistant Director of Cargo Marketing
森本政司さん

1951年、京都生まれ。大学卒業後、インテリアデザイナーとして働いた後、26歳の時に渡米。レストラン、ロジスティックス会社、商社、船会社等での勤務を経て、84年よりロサンゼルス港でマーケティングを担当。趣味は社交ダンスで、週末は指導にもあたる。

平和で幸せな未来へと 小さくとも一歩を積み重ねる

自分の価値は自分で決まる
アメリカの楽しさ

森本政司さん
渡米して40年、行き当たりばったりの人生を続けてきました。26歳の時、 英語も話せないのに軽い気持ちで渡米。ニューオリンズで皿洗いから仕事を始め、フロリダを経てLAのロジスティックス会社に就職したのですが、その間3年ほど日本に帰らずほとんど連絡もせず、親には心配をかけました。今から考えれば、アメリカが楽しかったんでしょう。親許から離れて好きなことができましたし、何より自分の価値が自分の存在だけで測られることが楽しかったのです。日本では家族構成や職業、会社などで自分の価値を測られます。でもアメリカでは親も年齢も関係ない。自分がどれだけできるか、自分の生き方だけで価値が決まります。この国の良いところだと思いました。

その後、商社、船会社、ロジスティックス会社を経て、1985年にLA港で働き始めました。僕の仕事はマーケティングで、具体的には日本からの投資つまり港を借りてくれる企業を誘致すること。そのために進出を検討する企業にビジネスプランを提案したり事業地を手配したりとアイデアから実行までさまざまな形で関わります。港のリースは高額で長期的なものですから簡単には動いてもらえません。提案をする時は5年のような短いスパンでなく長期的な未来の絵を描き、プロジェクトが未来にどういう意味を持つか、リスクや社会貢献という側面を含めて意義を説明し相手が納得できる大きなストーリーを描いて伝えるようにしています。

 

より良い未来の一大実験場
アメリカでの暮らし

現在関わっているプロジェクトの一つはゼロ・エミッション(ZEV)の燃料電池トラックの開発です。マーケティングにどう関わるのかと思われるかもしれませんが、港の発展には不可欠なものです。というのもLA港とロングビーチ港は2006年に「港湾大気浄化行動計画」を策定して大気汚染物質の削減に努めており、現在は35年までに港を出入りするトラックはゼロもしくはニアゼロ・エミッションにするという新たな目標を立てています。しかしZEVトラックはまだテスト中の電池トラック以外なく、このままでは35年以降荷物が扱えなくなりかねません。また港は地域社会の人々がより良い生活を送るための公共サービスであるべきで、輸送サービスを提供することで住民の健康を害しては本末転倒です。社会貢献という意義を共有した自動車メーカーさんがプロジェクトを進めてくださっており、現在、実験車両が港湾地域を走行してデータ収集をしています。

こうしたプロジェクトを提案する際に考えることは、プロジェクトを通じて少しでも人々が幸せに暮らせる世界に貢献できるかどうかです。僕が世界を変えられるわけではないですが、日々の行動一つ一つがその方向に向かっていることが生きていく上での規範として大切だと考えています。アメリカは、そうした世界が一つにまとまるための未来へ向けての壮大な一大実験場です。僕がこの国に住み続けている最大の理由はここに家族がいることですが、もう一つはこの国が自由な国であること。これだけ多様な人種や言葉、文化、価値観を持つ人々が集まって、民主主義というシステムの中で一緒に暮らすことができるこの国、さまざまな価値観を持つものが互いにリスペクトしつつ暮らすことのできるこの国がうまくいけば、世界が平和に暮らせる雛形になるのだと信じています。

The Port of Los Angeles◎1907年開港。陸海面積合わせて7500エーカーに27のターミナルを備えている。コンテナ取扱量は全米最大、世界でも第19位を誇る。約1000人が勤務している。

森本政司さん
40代後半で始めた社交ダンス。インターナショナルスタイルを中心に、土日開講のクラスで教えている。

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