JBA 南カリフォルニア日系企業協会 - Japan Business Association of Southern California

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賀家 達也(がけ たつや) さん

Nippon Suisan (U.S.A.), Inc.
Director of Asian Sales
賀家達也さん

1976年石川県生まれ。大学在学中にボストンに1年間留学。2000年、日本水産株式会社に入社。大阪、四国で営業として7年間勤務。08〜10年、ニューオリンズにMBA留学。11年にワシントン州のNippon Suisan (U.S.A.), Inc.へ赴任。14年よりLA勤務。

好奇心を失わず 新たな市場に挑戦中

語学留学、MBA留学と
2度のアメリカ留学

賀家 達也(がけ たつや) さん

小学校から高校までは野球一筋で、高校まで元野球選手の松井秀喜さんと同じ石川県能美市で過ごしました。慶應義塾大学に進学し東京に出た後、大学時代に1年間ボストンに語学留学。それが初めての海外でした。馴染むのに精一杯で、カルチャーショックもホームシックもなかったくらいです。しかし大人しい性格だったのが、アメリカに来て必然的に主張できるようになりましたし、海外で実際に住んでみたことで、困ったり失敗したりした時に問題解決のための意思決定力が身に付きました。

大学卒業後は日本水産株式会社(ニッスイ)に入社。北陸の魚文化の中で育ったこともあって、魚をはじめとする食べ物を扱いたいと思ったのです。大阪支社に1年勤めた後、四国で6年間営業に従事。四国ではお客さんと仲良くなると、うどん屋さんに行くんですよね。それで大食い大会をしたり…。それでなくても、うどん文化で、おいしくて食べ過ぎ、ひとまわり大きくなってしまいました(笑)。

2008年に会社の留学制度で、ルイジアナ州のニューオリンズへMBA取得のために留学。MBAで学んだことで、ひと・もの・かねの事業(ビジネス)の3要素を改めて自分の会社や仕事に照らし合わせて考えられるようになりました。ニューオリンズでは日本人会もあり、1年は会長を務めました。10人くらいと数が少ない分、結束が固くて、パーティーをしたりイベントをしたりと楽しかったですね。

 

和食ブームを好機に
新たな市場を見据えて

その後日本に帰国した後、11年にニッスイUSAのグループ会社であるF. W. Bryce, Inc.社に出向しつつ、同時にニッスイUSAの駐在員として赴任。アメリカでも和食は近年非常に普及しており、14年にはニッスイUSAの営業所を、日系の卸店が集中しているロサンゼルスに開設するため、ワシントン州から引っ越してきました。

日本とアメリカでは同じ和食でも売れるものが異なっていて、アメリカでよく売れるのはスモークサーモン、カニや枝豆、シュウマイなどの冷凍食品です。今は主にアジア系の卸店さんに扱っていただき、アジア系のレストランやスーパーに置いていただいているのですが、今後の課題としてはボリュームゾーンである米系のマーケットです。米系やメキシコ系のスーパーやレストランで、オリジナリティーある和食を展開できたら、市場はもっと広がりますよね。でも、例えば「焼きおにぎり」など、醤油味の日本で売っているものをそのまま持って来ても受け入れられるわけではありません。こちらの人の嗜好に合うようにと知恵を絞っているところです。

ともかく良いアイデアを見つけて形にしたいと、常に好奇心を失わないように努めています。好奇心がないと人は考えなくなりますし、人生が楽しくないですよね。魚や食べ物という自分の好きな物を扱っていることで自然と好奇心を持ち続け、楽しんで仕事をしてこられたような気もします。

アメリカでの生活では、故郷の石川ほどはおいしい魚になかなか出会えませんが、アメリカで出会った食で言うと、ブラジルBBQのシュラスコはおいしいですね。魚好きと言いながら肉ですが(笑)。しかし、家族と一緒に食事をしたり、公園に行ったり、日本に比べておそらく家族と過ごせる時間が長いのは、アメリカに来て良かったことの一つです。

Nippon Suisan (U.S.A.), Inc.◎日本水産株式会社のグループ会社で、ワシントン州に本社を置く。ロサンゼルス事務所は14年に開設。水産品や加工食品の輸出入および北米内のディストリビューターへの販売業務を行っている。

賀家 達也さん

妻、子ども、チワワ2匹の家族で駐在中。
「趣味はゴルフですが、今の趣味は子育てと家族旅行ですね」と賀家さん。

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